青色吐息










巡察に出れば街の人々は怪訝そうな表情を浮かべながら僕たちを避ける。
道を譲りながら歩かなくて済むので便利なのだが、あまりいい気はしない。


これも日常茶飯事。
慣れたものだ。



『はぁ……』



久しぶりに一番組での巡察へ出れば隊士たちは気遣いの言葉をくれる。
彼らは僕が風邪だと思い込んでいるようだ。

まぁ、土方さんですら風邪だと思っているから平隊士が知っているわけがない。
そして僕も確信を持てた訳ではない。


自分の判断で決めていいものではないが、自分の身体は1番よくわかっているつもりだ。


きっと僕は労咳だろう、と…。


勿論、闇雲に言ってるわけじゃない。
心当たりもある。



そんな時に平隊士の悪気のない一言一言が胸に刺さる。

『夏風邪はしつこいですからね。気を付けて下さい』


僕を思って言っている言葉。
わかってるけど、胸が苦しくなってしまい、自然と不機嫌な表情になる。


この病は一生僕に纏わりついて来るんだから…
風邪なんて可愛いものさ。






『考えても仕方ないよね……』


周りに聞こえない程度に呟いた。





色々な店を横目に歩いていれば、一軒の店に目がいった。

不機嫌な表情がぱぁっと笑顔になり、後ろを振り返るが、後ろには暑苦しいほどの平隊士がいる。

その様子を見て笑顔は去り、ふぅっと溜め息を吐く。


『一番組!先に行ってくれる?僕は後から追いかけるから』


たらたらと汗を流した男たちははい!と気持ちいいくらいに揃った声で返事をした。





隊が進んで行くのをぱたぱたと片手で風を扇ぎ、もう片方で滴る汗を拭いながら見送った。


『折角、巡察に出してもらったのに…。これじゃ、帰ったら土方さんに怒られちゃうなぁ』


満更もないように笑みを浮かべる。

ま、いっか。と小さく呟き、目を付けていた店に向かった。


きょろきょろと辺りを見回し、土方さんに見つからないように屯所へと帰った。

がさがさと荷物を抱えながら自室に戻る際に土方さんの声が煩く響き渡る。


『総司ぃぃぃ!!!』



『……………はぁ…』



少しの間沈黙が流れたと思えば、その沈黙を破ったのは自分の溜め息だった。

早速面倒な人に捕まってしまった。
大方時間置きに僕の草鞋を確認していたのだろう。

また1つ溜め息を吐けばどすどすと音を立てる足音が耳に入る。


『今いきます!』


自室に来られたら困る。
そう思い、荷物を自室の前に置き、自ら副長室に出向いた。


『失礼しまーす』

飄々とした様子で部屋へ入れば土方さんは呆れ顔だった。

『座りやがれ……』

いつもより低い声で、更に溜め息混じりに土方さんは言った。
早く自室へ戻りたいと言う感情が溢れ出すが、ぐっと我慢をして素直に腰を下ろす。




『あの変な咳は止まったのか?』




じっと僕の目を見つめる土方さんの目は不機嫌そうな表情から心配の色を時折ちらつかせる。

『あれ?今日のことを怒られるんじゃないんですか?』

へらへらと笑いながら問うが土方さんの厳つい面は取れずにいた。

それもそうだ。
この重苦しい空気で笑うなんて至難の技だ。


『過ぎたことを言っても仕方ねぇだろう』

『よくそんなことが言えますね、いつもならねちねちとお説教する癖に…』

『黙りやがれ……で、どうなんだ?』

『何がですか?主語が抜けてますよ、土方さん』

『てめぇ……咳のことだよ!さっさと言え』



上手く話を逸らせたと思ったのは僕だけだったようで、
心の中で舌打ちをした。
今度は僕が溜め息を吐く番だ。



『…大丈夫ですよ』

『大丈夫かなんて聞いちゃいねぇ。止まったのかって聞いてんだよ』

『はい、止まりました。』

『嘘吐け、夜中咳き込んでいやがっただろう。』



これだから嫌なんだ…この人は。
僕をよく見てくれてる。
嫌…なんだ。
でも、それと同時に少しだけ…


ほんの少しだけ嬉しい気持ちがあった。

こんな僕でも見てくれてる。

まだ、捨てられた訳じゃない…と。



『無理して巡察に行くな…昨日だってまだ承諾しない内に飛び出して行きやがる……』

溜め息混じりにガキかてめぇは…と付け足して頭を抱える。

疲れてる様だ。
目元が少し黒ずんでいるのがわかる。


僕の行動も原因になっているのだろうか…


『そうでもしないと働かせてくれませんもん』


つんと口を尖らせ土方さんを恨めしく見る。

自分でも子供っぽいと思う。

これも僕だから直す気はない。
これも僕だからなくしたくない。
1つでも多く、僕を持っていたい。



『当たり前だ……一応医者に看てもらえ…わかったか?』

『はーい』


明るい声色で言った。

そんな声とは裏腹に心は暗くなるばかり。
労咳の可能性が高いのを分かってて、医者に看てもらえなんて追い討ちすぎる。
土方さんも鬼だなぁ。


『…返事だけで済ますんじゃねぇぞ?』

流石は土方さんといったところだろうか。

察しが良い。
土方さんも薄々気が付いてるんじゃないだろうか。







『お前が焦る気持ちはわかるが、その咳が治るまでゆっくり休んでいろ。お前の代わりはいるんだから。』









僕の顔から笑みが消えた。
まるで、恋人でも殺された様な気持ちだ。









お 前 の 代 わ り は い る ん だ か ら ?










『……わかってないじゃないですか…
 土方さんは全然わかってない!…それがっ……それが嫌なんですよ!!
 僕が居なくても何も問題ないって言うんですか!?』

『そんなこと言ってないだろ』


僕の怒号が響く部屋の中、彼は1人平然としていた。


心の底から腹が立つ…。
その冷たく光る瞳が。
その見据える瞳が。



『言ってますよっ…!そうやって僕を省こうとする…』

『んなこと言ってねぇって言ってんだろうが!早とちりすんじゃねぇよ』

『でも…代わりはいるってことは……僕が居なくても大丈夫ってことなんでしょう……?』

『てめぇ、考えてみろ。
 幹部隊士が1人抜けて隊全体の指揮はめちゃくちゃ…他の幹部連中の立場だって……
 これが“大丈夫”って言える状態なのか……?』



土方さんが口を開くと同時に胸の奥から込み上げてくる熱い何か。



障子に手をかけるが遅かった。
渇くような音の咳が出てしまう。

口を手で抑えつけながら障子へ縋るように手を掛けた。
だがその手は土方さんによって止められてしまう。


『やめっ…て…下さいよ、ぉ!』

『外に出るんじゃねぇよ。他の連中に見られるぜ?』


見上げられば眉間に皺を寄せ、ぎろりと僕を睨む土方さんが居た。


『っ……こん、なの、平気ですっ』

『馬鹿野郎。苦しいなら苦しいって言え。』


半ば悲しそうに言った土方さんは一筋流れた僕の涙を拭う。
今回はまだ軽い方だったようで、少し経てば治まった。
ふぅと溜め息を吐き、立ち上がると少々眩暈を感じる。



『…すみませんでした。ちゃんと医者には診てもらうんで、みんなには言わないで下さいね?』



苦笑いに似た笑みを浮かべながら部屋を去った。
前には誰もいない。
後ろは…
土方さんが追いかけてこないのはありがたい。



『これでまた…簡単には外へ行けないなぁ…』


流石に今回は笑えなかった。
笑う気にもなれない。

「んー……」

1人だけの廊下で唸った。


そんな澱んだ気分とは裏腹に、空を見上げば綺麗な夕日が目に入る。




無限大に広くて、
赤く染まった空が綺麗で、
時間が経てば消えてしまう景色が切なささえも匂わせる。




僕とは正反対のものだ。




直ぐに散ってしまう生命に、
きたなく汚れた心、
時間が経っても消えない悪行。








『虚しいなぁ……』








そんな声も夕暮れの空へ消えていった。