ひとりぼっち



















夜。



しんしんと空から雪が静かに舞い降りるころ…

オレは、名残惜しく の部屋を出た。









襖に手をかけて、 も外に出るとひゅぅっと冷たい風が吹いていた。



は中に入ってろよ、風邪引いちまうぜ?』



そう言っても は聞かなくて、にこりと微笑む。


「これくらい大丈夫だよ、平助くんも早く休んでね」

いつもは高く結い上げている髪を下ろしている所為か、幼い顔付きが大人ぽく、色っぽく見えた。



『おう!!明日も巡察あるからな』


そう言ってちゅっと軽く頬に口付けをする。


「…だ、駄目だよ……こんなところ誰かに見られたら」





夜中に部屋から出てくるのも既に問題だが、平隊士には言い訳がつく。

土方さんは仕事で部屋に籠もりっぱなしだし…


頭の中で色んな言い訳を考えるが、口には出さない。

は頑固だから。






“頑固”なんて言ったら 怒るかな?

そんな事を考えていると、1人くすくすと笑ってしまう。


『ちょっとくらい平気だって、お前は警戒しすぎ』


くしゃくしゃと頭を撫でるのも怪訝そうな表情を浮かべる

会えなくなる ということを考えてそういう態度をとっているだけなのに…








オレが触れたからじゃないか…?







と、消極的な考えの自分がいる。


こういうの被害妄想って言うんだっけ?





嫌いだ、こういうオレ






自分の“妄想”なのに心に苛つきを感じた。


そんな自分勝手なオレを に知られたくない、悟られたくない。

早く帰ろう。




『………じゃ、俺部屋に戻るな…おやすみ』


口早に言葉を告げ、自室に戻った。






朝、いつものように直した布団を取り出して、いつものように敷く。

布団の上に腰を降ろすと、ひんやりと冷たい。



『なんか…眠れそうにねぇなあ』



ひとりぼっちの部屋で呟くと、思っていたより声が大きくて少し驚いく。


急いで のところから帰ってきたのはいいが、

一緒にいた分、1人になった時にどっと悲しさがオレを潰そうとするんだ。

寂しい



ひとりぼっち……?




『…………わっかんねぇなぁ………』




ぐっと足をあげ、その反動を使い、一気に起き上がる。

ぴたりと足を布団の上につけ、着地するとさっきまでひんやりとしていた布団の上は自分が重なっていた所為で暖かかった。


ゆったりとした歩調で襖に近づき、自分が通れるだけ襖を開けて外に出る。

襖が開いた瞬間、 の部屋から出た時と同じ、冷たい風が吹いた。

足先から頭の先まで寒気が走ったのがわかる。



『やっぱ、京の冬はさみぃなぁ…』



寒さを我慢して直ぐそばの縁側に腰掛ける。

空を見上げると静かに、優美に雪が振り、その更に上にはきらきらと輝いた星が雪雲の隙間から見える。



『はぁ…』




空を仰いだまま仰向けに寝転がり、床に近付くと、小さいがぱたぱたと足音がする。


その足音はゆっくり、最小限に音を抑えた足取りで此方に近付いてくる。



『これは…近藤さんかなぁ……』



周りを起こさないように気を使って歩いてる。

新八っつぁんとかなら、みんなに構わずドサドサ歩くのに…



近藤さんらしいや。



『お、平助…何をやっているんだ?風邪を引いてしまうぞ』

『やっぱ近藤さんか!!』

目を細め、にぃっと笑いかけると、近藤さんも大きな口を俺と同じで、にぃっと口の端をあげる。




『どうしたんだ?悩み事か?』




笑みは絶やさないが、不思議そうな表情の近藤さんが俺の隣に腰掛ける。

すると、近藤さんの優しい香りが伝わってきた。

お父さん…って感じなのかな?

とは違う種類の、優しい香り。


……俺には分からないけど。


『そう?悩んでるように見える?』

近藤さんは笑みを消して不安そうに頬を掻く。



『あ、…あぁ……違ったか?』

近藤さんに向けていた視線を夜空へと戻すと、

さっきまで左端にあった雪雲は更に遠くへ流れていた。


『んー…当たりかな…やっぱ近藤さんはすげぇや…』

今更だが、しみじみと近藤さんの長所に感動していると、うっすらと頬赤らめて微笑んでいる。


『いやぁ、たまたまだよ…して、平助は一体何に悩んでるんだ?』

“何に悩んでいる?”と問われたが少し躊躇ってしまう。




誰かに言いたい。






そう思うが、やはり躊躇ってしまう。




言っていいものなのか。

言ってはいけないものなのか。






『あ、あのさ…変なこと聞くけど、オレ…恋しちゃ駄目かな?人を好きになっちゃ駄目かな?』




不安な気持ちを口にするのは初めてだった。

正直、“駄目だ”と言われるのが怖かったから。

人を好きなことを“駄目なこと”って言われたくなかったから。

びびってたんだ…オレ。




怖くて…近藤さんを見ても、
近藤さんは言葉を口にしないままオレを見つめているだけだった。


『……そう、だよな…オレに恋愛感情なんていらねぇよな…重荷になるだけ…だし…』



聞かなきゃ良かった…


そう思い、ひくひくと頬が動く。


いつもみたいに笑おうとするのに…






“哀しい”って感情が邪魔をする。




『そんなことは言ってないだろう、人生に恋は付き物だからな!!
俺も奥さんがいて、娘もいる!!その始まりは恋だ、平助も良い人と結ばれるといいな』




にっこりと近藤さんは笑うが、オレは難しい表情のままだった。

オレが好意を抱いているのが だと都合が違う。

況して、既に恋仲だったらどうだろう?

恋仲とゆう事が隊内に広まれば の立場が怪しまれてしまう。




もう会えなくなるかもしれない……。


とオレが一番……恐れていることだ。





『どうしたんだ?まだ、悩みがあるのか?』


近藤さんは上がっていた口角を下げ、俯いたオレを覗き込んでくる。

覗き込む近藤さんと一瞬だけ目が会うが、何だか気まずくて逸らしてしまった。

きっと近藤さんはしゅんとした表情を浮かべているだろう…。





『……平助…お前が何に悩んでいるのかは俺には分からないが、俺はみんなに幸せになって欲しいと願っている。
トシ、総司、斎藤くん…他のみんなにも…もちろん平助もだ…悩むなとは言わない…
悩むことはいいことだからな……だが、少しでも幸せになるには平助の悩みを聞きたい…話してくれるか?』





未だに近藤さんの目を見れないまま、軽く頷いた。

もしも…ということで頭をいっぱいにするが、考えても解決策は浮かばなくて言葉を紡ぐことにした。


『オレだっていけないことっていうのは分かってるんだ…みんなに迷惑かけちまうかもしんねぇし……
もしかしたら…相手も、偏見の目で見られるかもしんねぇ……
でも!!オレ、この気持ちを止めれねぇんだ!!この気持ちがいとしくて…手放したくないっ……
初めて知った感情だけど…すげぇ心地いいんだ…だから……頼むから…否定しないでくれ…
今から言う気持ちを…嫌なんだ…駄目なことって分かってるけどっ……嫌なんだ…』




向けられないままだった目を近藤さんに向け、縋るように近藤さんの着物を掴む。

『あぁ!!約束しよう…!!』

誓う、と付け足して、不安を抱いたオレの心に安心感を与える。

少しの沈黙が流れ、オレが口を開く。


『…まだ、左之さんにも新八っつぁんにも言ってねぇんだ…もちろん、土方さんにも……』


近藤さんの着物を掴んでいた自分の腕をオレの膝へ置き、姿勢を正して、真剣な表情を近藤さんに向ける。


『…オレ、…… と恋仲なんだ………流石にこれは駄目かな?あいつのこと、ばれちまうかもしんねぇし…』


ははっと愛想笑いのような笑みを浮かべる。

『……確かに平助のしている恋は危ない恋だな、平助だけではなく、 くんにとってもな。
だが、俺は駄目だとは思わん。そんな壁があっても互いを好き合ってる。
素晴らしいことではないか!!頑張るのだぞ!平助』



待っていた言葉。
期待していた言葉。




“頑張れ”





今まで、誰にも言えなくて

1人で悩んで、道を見つけようとも見つからなくて。


誰からも応援されない、相談ものってもらえない。

だから、1番の励ましになった。





“頑張れ”





たったそれだけで心が満たされるような感じがした。


『うん…頑張るよ!!オレ…』


『して、平助!! くんが好きで、 くんと離れたくないのならば、全力で くんを守るのだぞ!!』


近藤さんの大きな手がオレの背中に触れ、ばんっと気合いを入れる様に叩かれる。

何故かその行為に心がじぃんときてしまう。

“局長”という役回りからオレの恋を 頑張れ と言うのはかなり難しいことだろう。



『うん…近藤さん……本当にありがとう』

心からそう思った。

心から感謝をした。

そして、更に を好きと実感した。











――有難うございます…


近藤さん。