早朝から比べると、太陽はだんだんと上へと上がっている。
私たちは散歩から帰り、静かな広間で朝御飯の準備が終わるのを待っていた。
『楽しかったね、
小夏
ちゃん』
隣にはにこやかな笑顔を浮かべた沖田さんが居た。
「はい!!朝の京の街に出たのは初めてです」
『そっか、良かったね…それより、
小夏
ちゃん、寒かった?まだ3月とはいえ、京は冷えるからちゃんと暖めなよ?』
そう言葉を紡ぎ、沖田さんは私の頬にそっと手を添える。
「は…い」
内心、驚いてしまい、あまり声が出なかった。
徐々に触れられている箇所から、だんだんと熱が集まっているのが自分でもよく分かる。
『あれ?
小夏
ちゃんの頬、熱いよ?どうしたの?』
彼はにやりと笑い、俯いた私の顔をのぞき込んでくる。
「わっ!」
沖田さんの整った顔が直ぐ目の前にあり、突然のことに動揺をかくせない。
『あははっ、相変わらず面白いなぁ』
「わっ、私っ!!朝御飯の準備手伝ってきますっ」
この場を離れたい!!
恥ずかしさにそんなことを思い、勢い良く立ち上がる。
ささっと広間を出ていこうとすると、腕を引っ張られ引き戻される。
「おきっ!!…た…さん?」
私を引っ張ったと思われる沖田さんの手は私の腕にはなく、
私の腕に触れている手を辿ると、平助くんがいた。
『あぁ、ごめん…つか、今日は飯の準備は一くんたちに任せとけって』
「でも、私、当番じゃなくても運ぶのはいつも手伝ってるよ?」
『今日はいいんだって!!な?総司?』
『うん、いいんじゃない?たまには休んだらどう?』
何故今日はこんなにも行動を阻止されるのだろうか。
そんなことを考えつつ、渋々座る。
それからはみんなが集まり、御飯を始めた。
その時のみんなの様子はどこかよそよそしかった様な気がする。
どうか、思い違いであってほしい。
そう願った。
太陽が真上に上がり、昼時になった。
そろそろお昼の準備…と立ち上がろうとすると、独りでに襖が開く。
『馬鹿っ、押すんじゃねぇよっ!!』
きょとんとする私の目の前にはお昼御飯を乗せた膳を2つ持った土方さんがいて、
その後ろには原田さん、斎藤さんが居た。
「…ど、どうしたんですか?」
『何って……見てわかんねぇのか?昼飯だよ』
不機嫌そうに私の自室に入り、私の前、土方さんの前へ膳を置き、私の隣に座る。
その後ろの2人も部屋へ入ってくる。
『邪魔するぜ、
小夏
』
『失礼する』
にこにこと笑う原田さんと、いつも通り無表情な斎藤さんも自分の前に膳を置き、座る。
『じゃ、食べようぜ』
へ?と間抜けな声を発する私を余所に いただきます と言い食べ始める3人。
『うわっ、このお浸し作ったのは誰だ?どれだけ醤油入れやがった』
『お、俺です、副長。……この前は薄すぎだと皆に言われたので……申し訳ありません』
少しの間、私の頭は働かず3人の会話をただ眺めてるだけだった。
『何だお前か…いや、食えねぇことはねぇよ…………ん?
小夏
、食ってねぇじゃねぇか』
「え…と、皆さんどうしたんですか?」
『あぁ、今日は近藤さんも出掛けちまったし、総司、平助、新八とかも巡察行っちまってなぁ、
というわけで此処で食べようってことになったんだよ』
原田さん、理由になってませんが…
やっぱり何か隠してる。
みんな、私に何か隠してる。
うーんと考えていれば、箸を片手に斎藤さんが口を開く。
『……迷惑…だったか?』
「い、いえ!!そんなことないです!!」
『なら、さっさと食いやがれ』
「はい!!」
そんなこんなで昼食時も終わり、太陽が沈もうとしている時に襖の向こうから声が聞こえた。
『
小夏
ちゃん?入って良い?』
「あ、はい」
開いた襖から沖田さんが1人、色鮮やかで綺麗な布を持っていた。
「それどうしたんですか?」
『あのね、今日巡察の時、たまたま新八さんと平助に会って、一緒に歩いてたら着物屋さんで安売りしてたから買ってきたの』
だから、と続けようとする沖田さんはにこにこと笑って、
『君に着てほしいんだ』
「…え…でも……」
『大丈夫、土方さんには話を通しておいたから。じゃ、着替えたら広間に来てね。あ、軽くでいいからお化粧もしなよ』
そう言って懐から幾つかの化粧道具を取り出し、部屋から出て行った。
「沖田さん…」
廊下にでるが、もう既に彼は居なかった。
「どうしよう…でも、土方さんには話してあるって言ってたし…」
止めておこう、とは思うが、沖田さんが置いていった綺麗な着物が気になってしまう。
「広げるだけだったらいいよね…」
そっと着物に触れ広げてみると、華やかだけど、優美な淡い桃色…思った通り美しい着物だった。
『わぁ…綺麗』
つい思ったことが口に出てしまう。
次に 着てみたい と思ってしまうのは仕方がない。
「沖田さんは着てほしいと言ってたし……良いよね?」
そう呟きながら着替えを始めた。
久しぶりの女性の姿で鏡に映った自分を見てはしゃいでしまう。
沖田さんが置いていった化粧道具を手に取り、薄く化粧をしてみる。
鏡に映る自分を見て 女の子だったんだ と改めて実感する。
「みんなのところに行こう」
慣れない着物で廊下に出る。
平隊士さんに見つからないように広間に向かった。
「
小夏
です…入りますね」
ゆっくりと襖を開けると、
そこには豪華な夕食を囲んでみんなが並んでいた。
『おぉ、
小夏
!!すっげー綺麗だぜ!!』
平助くんが此方を見てそう言う。
「あ、ありがとう…この御飯どうしたの?」
平助くんに質問をするが、次々と言葉が飛んできて私の声は届かなかった。
『本当だ、綺麗だよ』
『あぁ、総司の言う通りじゃねぇか!!綺麗だぜ、な?斎藤』
『…左之、何故俺に振る……だが…綺麗……だ』
『何だ、斎藤。照れてやがんのか?ま、それも分からなくねぇな…綺麗だ』
女性の姿を誉められたのはいつぶりだろう?
嬉しくて、恥ずかしくて頬が熱くなる。
『今日はね、雛祭りだからこうやって
小夏
ちゃんに女の子の格好をさせてあげて、ご馳走まで作ったんだよ』
『そうだぜ、朝から用意しててお前が何回も勝手場に行こうとするから焦ったよ』
『いつも
小夏
から飯の作り方を教わってたからよ、大変だったぜ』
『あぁ、見ての通り 上出来 とは言えん……』
『こいつらが騒ぐもんだから俺も手伝わされるわで大変な一日だったぜ…』
私のために……?
「ありがとう…ございます」
先程までは 何か隠してる と不安な気持ちだったが、一気に心が暖まった。
『そんな畏まるなって!!雛祭りって女の子の幸せを祈る日なんだろ?もっと笑えって』
暖かい……
私は皆さんの傍にいるだけで幸せです。