節分鬼

 

 

 

 


今日はやけに屯所が騒がしい。

さっきから部屋の外では皆の笑い声が聞こえる。


『…ちっ、仕事をしてる身にもなりやがれ』


騒がしい輪には入りたくはないが、少しだけ寂しい気持ちがあった。


子供みたいに笑う馬鹿共を傍で見るのもなかなか面白い。

振られる話題も、じゃれ合いのの喧嘩も、

 


表では“馬鹿なことしてんじゃねぇ”と叱っているが内面ではほのぼのしくて良い。

 


なんて思っている自分がいる。


馬鹿共が馬鹿をするまでは…

 

 

 

 


お偉いさんから預かった分厚い冊子に手をかけ、此方へと寄せる。

いつもなら、ぱらぱらと冊子を捲り、頭の中で整理をしながら記憶するのだが、

こうも自室の前で騒がれては集中できない。

誰だってそうだろう。


今すぐにでも部屋から出て怒鳴りたいところだが、そうしては何かと面倒なので知らないふりをする。

そうすると、部屋の前はいつの間にかしんと静まっていた。

認めたくはないが油断…していたのだろう…

いきなり開け放たれた襖にびくっと肩を震わす。

 

 

『いっせーのでっ!!』

 


襖が開いたと思えば掛け声のようなものが聞こえる。

 

 

『『『『鬼はー外!!!!!』』』』

 

 

なにが起こったのだろうか。

こつこつと何かが体に当たり、落ちていく。

先程まで読んでいた冊子を見ると炒りすぎたのだろう、所々焦げがついた豆が散らばっていた。


冊子の上だけじゃない。


俺の部屋も、墨にも。


『………てめぇらっ………何をしてやがるっ!!』


そう怒鳴った途端、どたどたと、誰かが走る音がする方向に目を向けると、

いつもの落ち着いた斎藤からは想像出来ない程に焦った様子の斎藤がくる。

 

『副長!!お怪我はありませんかっ!!』

息を荒げながら目に入る斎藤は片方の足を引きずっているが、気にせずに俺だけを見つめる。


『…お、おぉ……俺は大丈夫だ』


『あれー?一君早かったね』


豆が入っているのだろう器を片手に微笑んでいる。

『総司!!副長にっ…!!』


『大袈裟だなぁ、豆を投げただけじゃない』

斎藤が飛び込んできたことでさっきの出来事を忘れているのを思い出す。

『投げただけとはどういう事だ!!総司!!投げた奴ら全員そこに座れ!!』

平助、新八はぎょっとした様子を浮かべ、左之はうっとつまった表情をする。

それに比べ、総司は楽しそうにけらけらと笑う。

 


『土方さん、今日は節分ですよ?鬼を退治するのは当たり前でしょう?』

 


総司に“鬼”と言われ少しばかり苛つきを覚える。


『誰が鬼だってぇ!?』


胡座の状態だった姿勢を素早く足の裏を地につけ、そこらに散らばった豆を拾い上げ、力いっぱい総司目掛けて投げる。


『っ!うわっ!!!』


当たる寸前で避けた総司の後ろには新八がいて、ちょうど眉間の真ん中に豆が当たる。


『ぶっ!!!』


後ろに両手を広げ倒れそうになる新八がいて、その後ろには平助が隠れるようにいたのか、

平助を下敷きに2人が倒れているのが見えた。

『いってぇーよ!!新八っつあん!!いってぇって!!』


『ちくしょーやりやがったな!!土方さんよぉ!!』


じたばたと手足を床に叩きつけ苦痛を訴えるがそんなこと聞こえないのか新八は俺だけを睨む。

 

『僕、関係ありませんからね』


ふふん と笑いながら部屋を出ようとする総司の後ろ姿を見てさっきよりも力を込めて総司の頭を狙い、豆を投げる。

豆が当たったとは思えない音が部屋に響きわたる。

少しの間沈黙が流れゆらりと総司が振り向く。

『やりましたねぇ…土方さん…僕、そんなキツくやってないじゃないですか!!
だから鬼の副長って言われちゃうんですよっ』


きっと俺を睨んだ総司は持っていた器から豆を取り出し、すごい勢いの豆を連続で投げ出す。

最初の幾つかは避け切れたものの、最後らへんの豆は避けきれず体のあちらこちらに当たる。


『普通、投げんの1つだろーが!!』


何回も何回もそんなやり取りを行っていると何処からか豆が飛んでくる。


『いっ!!!てぇ!!』


飛んできた方向を向くと新八がやってやったぜという表情を浮かべていた。

『てめぇは関係ねぇだろ!!』

『関係なくねぇよ!!見てみろよ、土方さんが投げて当たったところ赤くなっちまったじゃねぇか!!』


『ちょっと待てよ…新八っつあん……押し倒しといて“ごめん”の一言もなしかよ?』


少し俯いてゆったりと起き上がり、倒れる前に持っていたのだろう、

総司と同じ器に目を向け、周りに落ちた豆を手のかないっぱいに掴む。


『あぁ?うるせぇよ、平助』


ゆらりゆらりと迫る平助に背を向けながら応答する新八は俺に豆を当てよう ということに真剣だったのだろう。

『うるせぇよって何だよ!!』


平助が壊れたようにがむしゃらに豆を投げ始める。

そのひと粒が総司の頬に当たった。

顰めっ面の総司はまたまた手に、いっぱいの豆を含め、平助に近づく。

総司が腕を上げたかった思うと、勢い良く平助の口に大量の豆を運ぶ。


『いったいなぁ!!僕は何もやってないじゃない!!!今日の標的は土方さんってさっき言った筈だよ!!』


『おい、総司ぃおめぇ…最初から俺を痛めつけたかっただけだろうが!!なにが“鬼退治”だ!!』


『ぶっ、やめろって!!』

総司は苦しそうにもがく平助を抑えて全く耳を貸さない。

『俺の話を聞いてやがんのか!?』

全く耳を貸さない総司に対し、総司の着物を掴むと上下左右に大きく振る平助の腕が顎に当たり、強く舌を噛む。

ほんのりと口内に血の味が広がるのがわかった。

『っっ!!…てめぇ』


殺気を込めた目で平助を見ると周りも危機を感じたのか、新八が俺を押さえる。


『はなせっ!!馬鹿野郎!!』

『ひ、土方さん!!落ち着けって!!今の自分の顔見てみろよ!!人1人殺せるって!!!!!』


俺が抑えられているのを良いことに、平助は総司の腕を振り切って部屋を出る。


『あ!!平助待ちなよ!!』

同じように総司も平助を追って部屋を走り去る。


『くそっ!!』


遅れをとらないように俺もまた新八の腕を振り切り、2人を追う。


『あ、土方さん!!』

新八は驚きを見せるが俺の直ぐ後ろを走り出す。

『平助ー!!逃げろ!!捕まっちまったら死ぬぜ!!!』

 

 

 

 


その後、屯所には悲鳴が響いた。

追いかけっこをしている時山南さんは


『楽しそうですねぇ』


と、にっこりて微笑んでいたが、荒れた部屋を目にして土方さん、総司、新八、平助はその後叱られたそうだ。

 

 

 

 

 

『斎藤、なんで足引きずってんだ?土方さんの部屋に行く俺たちを止めた時か?』

 

 


斎藤はふるふると頭を左右に振る。


豆が散らばった静かな部屋を2人で見下ろしながら

 

 

 

『いや、左之たちの所為ではない。さっき急いでここへ来たときに襖の端にぶつけたのだ』

 

 

斎藤はじんじんすると付け足した。