小さな瞳の中に。










……暗くて…見えない。
僕の道には光がなくて……
君がいないと見えない。

僕の心の中は暗闇ばっかり
でも、君の中も真っ暗で…



2人で照らしていこう?












おいで、僕の道標。












『君、何なの?僕に逆らう気?』

反発的な目を此方に向ける君。
少し幼い顔付の君は瞳にいっぱいの涙をためていた。

「………ひ…人殺し…」

『人殺し?やだなぁ…人を殺す、それが僕の仕事なんだけど』


「あんた達は…こんな簡単に人を殺すの?
逆らう?頼りの人を目の前で殺されて……黙って見とけって言うの?
あんたも大人なら人の気持ちも考えてよ!!
あんたにも大切な人はいるでしょう!?」







身体を震わせ、目に涙を溜めながらそう訴えるのは……誰?



君は誰?







それが僕たちの始まり。

僕たちの1番初めの。









『うるさい口だなぁ…斬っちゃうよ?』




「…っ…あ……」


身体を地に近づけ、死んだばかりの男の抜け殻を鮮血の中で抱く女の姿。
ぽたぽたと女の涙が血と混ざっていく。


その姿は哀しげで、僕の目を引いた。

それと同時に女と自分の共通点を見つけた。
それは大きな孤独感。

男を殺され、生きていく術がない女。
病の所為でろくに刀を振るえない僕。

今日だって無理やり平助から仕事を取ったから外に出れただけ。
いつもなら土方さんや近藤さんが僕を行かせてくれない。

今日みたいに調子が良くたって……
帰ればこの病じゃなくて、僕が怒られるんだ。
僕は悪くないのに…
悪いのは僕を犯す…この病なのに……


怖いんだよ。寂しいんだよ。

1人きりの部屋に居たら…皆に置いていかれるみたいで…
…恐ろしいくらいの孤独感が僕を襲うんだ。


この女も僕と同じ。
孤独感。僕と同じ。


“頼りの人”ということはこの男の懐に縋ってたのだろう。

僕ととてもよく似てるけど、女にはもう一つ僕とは違うものがある。
それはなくなってしまった生気。

この潤った瞳も、時間が経つにつれ虚ろな瞳にかわるだろう。




それなら僕のものにしてしまおう。











同じ者同士。




同じところにいれば寂しくなんかないでしょう?



僕も、君も。











『……ちょっと、屯所まで来てくれる?』


不敵に浮かべた笑みとは裏腹に涙を流した女を力強く腕をつかみ引っ張る。
男の手を握りしめ連れていかれまいと声をあげる女。



「離せっ!!嫌だっ!人を殺すっ…汚らわしい手で私に触れないで!!」


街にぱちんっと乾いた音が響く。
弾かれた僕の手に君はいなくなった。

残っているのはじんじんと波打つような感覚。


『汚らわしい…か…失礼なことを言う子だね、でも、僕は優しいから許してあげるよ。
だけどね……本当にうるさいよ…騒いだら命が危ないこと分かってるの?』




ひやりと冷たい刀を女の喉に近づければ、一筋の涙を流し、僕を睨みつける。
きつく僕を睨む目は既に虚ろな瞳だった。



「…殺せばいいじゃないっ…
あの人を失った今…私は帰るところを失ったと同じっ…あんたの所為でっ…私は独り!!」




声を荒げ、彼女はもう生きている価値なんてないと言いたげに僕を見ていた……。



『あははっ、冗談だよ…君、面白いね…名前は?』

「………」

『ねぇ』

「あんただけには…教えたくない…」





何故?
僕だから?

僕だから教えたくないの?



…嫌な気分だなぁ。





『ふぅん……教えたくないんだ?』

人には皆、目つきというものがある。

怒ったような目。
楽しそうな目。
悲しそうな目。

今の僕は…脅すような目。


だって、僕だから教えたくないんでしょう?
でも僕は教えて欲しいもん。


我儘とでもなんとでも言えばいいよ。
君はもう、僕の者なんだから。



「……っ………… ……」

、と小さく呟いた。
ふふんと満足げに笑った僕は の手を掴み歩き出した。


名を告げた は俯いたまま、
未だに男の腕を掴んでいた。

そんなに好きだったの?

それなら、僕がぐちゃぐちゃにしてあげる。
僕が…終わらせてあげる。



口角を上げて微笑んだ僕は手を握っている男の腕を斬り落とした。
そして、続けざまに首を落とす。

無残な抜け殻はとても滑稽に思えた。



「……ひっ……いっ………やぁ…っぁ」


は涙を堪えてるのか、声が震えているのが分かる。




怖いんだ、

何が?

僕が…?

どうして?

それとも悔しいの?

僕に適わなくて…?


でも、そんな君が僕の心を駆り立てる。
怖がった君の表情もとても可愛いよ。



『僕は君を殺すことも、他の人を殺すこともできるんだよ? ちゃん、みんなに迷惑かけちゃうね………責任とれるの?』






最初から他人を傷つける気は更々ない。

だけど、君が欲しかったから。



「ぃ……きま、す」




『あははっ、君、可哀想だね……悪者は僕のほうなのにね』



力が抜けた の手を引いて、屯所についた僕は素早く を自室に連れ込む。
押し込めるように入れれば、倒れこむように倒れた。


『じゃ、まず…着替えてもらおうかな…』

そう言い、荒く肌着を渡す。
自分でも肌着だけは非道すぎたか?
なんて思うだけでくすくすと笑った。

『そのままじゃダメでしょ?僕の部屋が血だらけになっちゃうよ』


「此処で………?嫌…だ」


『君は可笑しな子だなぁ、他に何処があるのさ?』


「…ぃ……ゃ」


俯いていた は包まる様に自分を抱きかかえた。


『顔、真っ赤だね。風邪かな?動くの辛いでしょう。着替えるの手伝うよ?』


「……っ……風邪なんかじゃないっ」


『あははっ……しょうがないなぁ……後ろ向いておくから……これでいい?』


まだ不満げな が頷いた。
ふふっと笑い、後ろを向く。

そうすれば視覚がない分、耳が鋭くなったのか着物が床に落ちる音が鮮明に聞こえる…。


『……』




「き、着替え終わりました…」

不意に の声が聞こえ、何故か自分もふぅっとため息を吐いた。



『ごめんね、肌着くらいしかなくて、これ羽織ってて…?これで我慢してくれる?』


自分が着ている着物を一枚剥ぎ、 の肩に掛けた。
大きすぎたのか、 が子供のように見える。
不覚にも素直に可愛いと思ってしまう。


「…はい…」



『良い子だね……でも、一応拘束させてもらうよ』


強引に縄で手と足を縛れば、
大人しくしていた はばたばたと飛び跳ねるように抵抗し始めた。


『君、魚みたいだね』

なんて冗談ぽく言ってみる。

「やめ…!んんん!!!」



声がでる口には布を入れる。
これで可愛らしい声が聞こえなくなるのは残念だけど、
仕方ないよね……





『ここからは本当に静かにしてね…』


「んんんんー!!」


状況が分かってない様子で必死に声を上げる を冷たく見下ろした。
だって、君は誰にも知られたくない。


「誰かにバレたら僕が怒られちゃうからね…
あ、もし騒いだりして誰かに見つかっちゃったりしたら…君、襲われちゃうよ?
ここは男所帯で盛んな人が多いからさ…人によってはだけど…あ、もちろん殺す人もいるかもね……』


「っ……」

の表情は一気に濁っていった。



『君は表情がころころ変わる子だねぇ…さっきの威勢はどうしたの?弱気になってるよ?』


止まっていた涙がまた流れ出す。
ぽたぽたと…


『あははっ、泣かないで…脅かしたんじゃ無いんだよ?今から真面目な話をするから大人しく聞いて』



涙を拭おうとする僕の手にも反応し、更に目に涙が溜まる。
思わず手を引っ込めてしまう。


「……っ」



その潤んだ瞳は僕を捕らえて離さない。



【逃がしてっ】【離してっ】【助けて…】と訴えるように。



『僕が斬ったのは君の恋人かな?ごめんね…ああするしかなかったんだ、
あの男は僕ら新選組の敵、過激派攘夷浪士。近藤さんの敵。』



その話しに耳を傾けていた はふるふると首を横に振る。



『本当だよ……君と恋仲になったのも君で自分を偽るつもりだったのかもしれない…君も知ってたんでしょう?』



違和感を感じたことは沢山あっただろうに…
それでも、男に縋ることでしか生き方が見つからなかったんだね…




『…あの男と心から笑ったことある?あの男と心から楽しんだことある?
あの男から…愛を感じたことが……ある?』









君が愛していた人の心中はどうなってたの?



君は1つでも愛してた人の心中を知っていたかい?



君も…彼を愛していたのかい?











年頃の娘には酷な質問だったかもしれない……いや、人間には。




「……ゃ……」




はそこで意識を失い、床に倒れ込む。



受け止めた の身体は細く、何もかもが小さくて…………
まるで玩具のようで抱き締めたら壊してしまうんじゃないかって……少し怖かった。


でも、君は玩具じゃない。




『酷いことしてごめんね……僕、君が気に入っちゃったから…君に…傍にいて欲しいと思った。』



君は…僕の大切な人になったんだから。



口の中の布を取り、足の縄を解く。


涙の跡と縄の跡が赤く残っていた。




『冷やしたら……治るのかな……』


赤い跡に触れると眠る が小さな声で痛々しい声を上げた。


「……ぃっ…」


ちゃん……痛い?ごめんね、荒く縛って……』



静かに部屋を出て氷を取りに行く。
手に触れる氷の冷たさが僕の手を侵蝕していった……まるで僕の中の ように。



襖を開けると、眠る の姿が目に入る。

当たり前なんだけど…
不思議に感じた。




『今日は疲れたね…ゆっくりおやすみ』


布団に を寝かしつけ、
赤い腕を冷やす。


その夜は僕の心の中に後悔の部分もいくつかあった。


との出会いは他には無かったのか?
ああするしか無かったのか?

もっと……優しくしたいのに。
不器用な僕を許して…。


……ごめん…それと……





…好きだよ。









大きな世界を映す君の小さな瞳の中に僕はどう映ってる?